突然ですが、、、カナダ・モントリオールに行くことになりました

私がなぜモントリオールに?

 

「ところで、なぜモントリオールに来られたんですか?」

 

これは、私がモントリオールに来たばかりの頃、一番聞かれて困る質問だった。

というのも、「自分でもよく分かりません」というのが、正直な本音だったからだ。もちろん、人前で一応披露できる理由 (建前) は色々あったものの、実際は、地に足のつかないフワフワした状態でモントリオールに来てしまい、これからここでやっていけるのか、不安でいっぱいだったのだ。

 

私は、2016年に結婚のため、韓国・ソウルに渡ることになった。私にとっては人生初の海外生活。韓国語もまともに話せないのに、日本語が話せる韓国人の夫だけを信じて渡韓した。韓流スターやドラマにも特に関心がなく、韓国語を学ぼうと思ったこともなかったため、初めは言葉の壁を超えるのが本当に大変だった。

が、幸いにも韓国料理の虜になったため、渡韓して数か月経ったころには、「韓国で生活していくのも悪くないなあ…」と思うようになっていた。

 

そんな時、、、

 

夫が「移民したい」と言い出した。

 

…え?移民…?(´-ω-`)

 

え、私、韓国来たばかりですど!?( ;∀;)

 

え、ってどこに!?(;゚Д゚)

 

…様々葛藤はあったもの、夫の熱意と、自分自身もそんな夫に啓蒙されて「確かに、今しかチャレンジできないかもしれない…」という想いになり、移民先候補国や移民プログラムを探し始めることになった。「銃がなく安全で、自然豊かな場所で、福祉も充実している」という夫の希望から、オーストラリア・ニュージーランド・カナダを重点的に調べている中で出会ったのが、カナダ・ケベック州の移民プログラム (PEQ) であった。

 

移民プログラムの詳細は割愛するが、とにかく、高い英語力や専門職歴のなかった私たちにとっては好条件のプログラムであったため、とりあえず考えてみるか…と調べて満足しかけていた私の背中を「今すぐ申し込むぞーーー!!!」と夫が激しくプッシュし、とりあえず、私だけ先に渡加することになったというワケだ。(超急展開…)

 

結婚生活がスタートし、わずか8か月後には一人でカナダに来ていた…という、なんともスピーディな展開に、私自身の心は完全に追い付いていなかった。これまでの人生で、こんな重要なことを即決をしたことはなく、果たして大丈夫だろうか…という不安が渡加後も常に私を襲ったのだ。

しかし、同時に、とんでもないチャレンジから生まれる、考えてもみなかった未来に希望を抱く自分がいたことも確かではあった。

 

ちなみに、韓国人は本当に判断が早く、行動力がある。 夫の考え方には度肝を抜かされることが多々あるが、自分の夫が何も特別急展開なタイプではないということを、その後カナダで出会う韓国人たちを通して、私はよく知ることになる。

そもそもモントリオールってどこ?


カナダにある都市だと聞いて、「あ、英語圏か~」と思ったら大間違い。カナダの公用語が英語とフランス語であるということをご存知の方もいらっしゃると思うが、そのフランス語が公用語となっている地域がケベック州であり、ケベック州最大の都市がモントリオールなのである。地理的には、北米大陸・東海岸の北側に位置しており、アメリカ合衆国との国境との国境まで車で約1時間、ニューヨークまでも飛行機なら1時間弱の距離だ。

 

1535年、フランス・ブルターニュ地方出身の探検家のジャック・カルティエがヨーロッパ人として初めてモントリオールに到着。その後、1642年からフランス人の入植が始まり、約100年間はフランス領であったが、1760年にイギリス領へ。1840年前後から経済的にも大発展し、1980年頃まではカナダ最大の都市として栄えていたそうだ。今、カナダと言えばバンクーバーやトロントがパッと思い浮かぶが、モントリオールがカナダの中心地だった歴史は意外と長いのだ。

 

ところで、モントリオールは、一年の約半分が雪に埋もれている。11月ごろから雪がちらつきはじめ、3月ごろまで雪・雪・雪…冬は、ほぼ毎日雪かきをしなくてはならない。また、当然気温も低く、真冬ならマイナス20℃~30℃になることもザラである。私がモントリオールに到着したのは1月だったが、たった15分間外を歩いただけで、体が痛くなったことをよく覚えている。

 

しかし、春から夏はとても美しい季節で、クーラーがなくとも過ごせる日も多い。夏場は、公園の芝生で寝そべったり、ピクニックをしたり、夕方自宅のバルコニーの椅子に座りながら、何をするでもなくのんびりと過ごしている人を多く見かける。そういった風景を見る度に、「カナダって、なんか心にゆとりがあるな…時間の使い方が、なんか贅沢だわ~」と思わずにはいられなかった。

ケベックのフランス語との出会い


英単語は私たち日本人にも馴染みがあるものが多いが、フランス語は英語に比べると、やはり馴染みのある単語は圧倒的に少ない。ちなみに、「モントリオール」は英語読み。フランス語読みだと「モレアル」になる。「私はモントリオールに住んでいます」は「J’habite à Montréal」(ジャビッタ モレアル)。英語とは全然響きが違う。モントリオールに来た当時、私が知っているフランス語は「ボンジュール」と「メルシー」くらいで、フランス語で自己紹介すらできなかった (笑)。

 

それでも、モントリオールでは、ほとんど全てのサービスが英仏両言語で提供されており、スーパーや飲食店の店員ですら皆バイリンガルなので、生活する上では英語が話せれば殆ど困らない。ただ、フランス語で話しかけられたのに、英語でしか返せないことに、歯がゆさを感じるとは多々あった。頑張って覚えたてのフランス語で返そうとモゴモゴしていると、あっという間に英語に切り替えられてしまうので、そんな時はちょっと切ない。。。

 

私のフランス語との出会いは、モントリオールに来たばかりの時、お部屋を貸してくれたマダムであった。マダムはケベック生まれのケベック育ち。7●年間、モントリオールで生活してきた生粋の「ケベコワ」(ケベック人のことをこう呼ぶ) である。マダムのフランス語がフランス語なんだろうと思っていた私だが、フランス語を勉強し始めて、ケベックのフランス語が国際標準のフランス語と比較すると随分訛っていることを知った。

 

一般的には「フランス語は響きが美しい」と言われることが多いが、マダムのフランス語を聞きながら「美しい響きだ~」と感じたことは正直一度もなく(笑)、どうしてそう言われているのか理解ができなかったが、なるほど、本家フランスのフランス語とはだいぶ違うのね、ということに後から気づいた。それでも、モントリオールに2年近く住むと、もはやケベックのフランス語の響きに愛着が湧いて、ちょっとお高く留まった感じのフランスのフランス語より、ケベコワのように話したいと思い始めている自分がいるので不思議である。まさに、住めば都だ。

 

ここまで読んでみて、まずはカナダのモントリオールという地に少しでも関心を持っていただけたのなら幸いである。

 

次回の記事は、”モントリオールに来てみてどうだった?”

私が肌で感じた「人種のるつぼモントリオール」をご紹介していきたい。

この記事を書いた人

Miyuki Yamamoto
Miyuki Yamamoto
慶應義塾大学SFCを卒業後、広告クリエイターとして勤務。その後、ライターとしての活動を始める。突然、カナダ移民にチャレンジすることになり、現在、モントリオールで英・仏・韓・日の4ヵ国語を使う生活に奮闘中。

ABOUTこの記事をかいた人

Miyuki Yamamoto

慶應義塾大学SFCを卒業後、広告クリエイターとして勤務。その後、ライターとしての活動を始める。突然、カナダ移民にチャレンジすることになり、現在、モントリオールで英・仏・韓・日の4ヵ国語を使う生活に奮闘中。