アジア・オセアニア

途上国だけど豊かな国?ネパールとの出会いからプロジェクト開始まで


今年、第一弾のインタビュー記事は、ネパールと日本の架け橋として活動されている「ネパールに笑顔を届けようプロジェクト」代表の三浦佳恵さんです。
「国際支援って、興味はあるけれど、ハードルが高い」
そんなイメージはありませんか?
今回は、三浦さんが小さい頃からの夢であった、国際支援に辿り着くまでのストーリーをお届けします。


国際支援を教えてくれた母の背中

三浦さんが、国際支援と出会ったきっかけを教えていただけますか?

わたしが、国際支援と出会ったきっかけは、母です。母は、私が生まれた時から、とても忙しくNGOの活動をしていました。朝は早くから、夜遅くまで、休みなく活動していましたね。

ーそうだったのですね。そのようなお母様の背中から、何か感じることがあったのですか?

とても忙しい母だったのですが、母の生き生きとした姿はとても魅力的でした。

「社会や大きな”何か”のために、生きてるお母さんは優しかった」

小さいながらに、母の姿から、何かを感じ取っていましたね。母のことを尊敬していたわけではなかったのですが、母とその周りにいる人たちは優しくて、大好きでした。そんな風になりたい思っていたのかもしれません。自分も同じ道を歩み始めていました。

ー素敵なストーリーをありがとうございます。具体的に、どのようにして、夢の「国際支援」というキャリアに辿り着かれたのですか?

高校生くらいになって、自分の進路を考え始めた時、ただ、「良いことしよう」というだけじゃ続かない気もして、

「どうせやるなら、自分が好きなことをしよう!」そう思ったのです。


ー「どうせやるなら、自分が好きなことをしよう!」という三浦さんの考え方、素敵ですね^^

ありがとうございます。この点も、夢中になって国際支援をしていた母の存在が大きく影響していたと思います。
大人になってから、母はいつも、私の選択を認めて後押ししてくれていたのだ、と気づきますね。

ー素敵なお母様ですね^^そこからどのように、国際支援につながっていったのですか?

好きなことを挙げてみたときに、
さくらももこ、キャンプファイヤー、いろいろ出てきたのですが…
結局、「自然」というキーワードに行き着き、生物の成績も良かったので、
「”農業”で国際協力ができないか?」と考え始めました。

ーそうだったのですね。そのような過程を経て、東京農業大学に進学されたのですね?

そうですね。わたしは当時から、JICAの青年海外協力隊にもとても興味があり、東京農業大学の国際農業開発学科であれば、青年海外協力隊にも参加できると聞きまして、東京農業大学を目指し、無事に合格することができました。

ー農業女子としての4年間は、どうでしたか?

「さっさと畑に出て、イモ掘って、イネ植えて、バナナ収穫するぞー!」
「先輩たちのように、どろんこ真っ黒になるぞー!」

そう思っていたのですが、たいして畑に出ることなく終わってしまい、わたしの肌は白いままでした笑
その理由は、ここで、自分の人生を変える出会いがあったからなのです。


涙なしでは聞けない授業


ーそれは、どのような出会いだったのですか?

私の学部では、途上国の社会問題等を扱う社会系の授業がありました。その授業を受けると、胸が苦しくて苦しくて。
授業中にこっそり泣いてしまって
母のNGOで取り扱っている分野でもあったので、もともと興味はあったのですが、いつの間にか一番気になる授業になっていました。

ーそうだったのですね。三浦さんの心に強く残るものがあったのですね。農業と聞くと、理系のイメージですが、ここから社会系のキャリアにチェンジしていったのですか?

そうですね。このことをきっかけに、当初、思い描いていた理系の研究室ではなく、正反対の社会系の研究室に入ることになりました。そして、この研究室に入ったことで、自分が今まで知らなかった世界と出会うことになりました。

ーそうなのですね!具体的に参加された活動を教えてもらえますか?

たとえば、3時間かけて山を登り、障害者施設を訪ね、利用者の方たちと一緒に農業をしたり、
新宿のホームレスに配給するNPO活動にも参加しました。
福島の震災復興商品を作っている生産者を訪ねたこともありましたね。
こういった活動は、まるで、自分の知らない世界の扉を開けるようで、毎日がとても新鮮でした。

ーこういった活動に関心はあっても、なかなか行動できる人は少ないのではないかと思います。三浦さんは、ネパールの支援活動を現在されていますが、ネパールとの出会いはどのように訪れたのでしょうか。

大学の研究室の学生や教授との出会いは、とても刺激的だったのですが、
ふとこのような疑問が湧いてきたのです。

「これだけ途上国のことを学んだけれど、わたし、途上国に行ったことないよね?」

そして、

「早く今までのことを目で確かめたい」

そんな気持ちが強くなっていきました。

ー三浦さんは、本当に行動力がありますね!

この時は、やらずにはいられない!という感じでしたね。
ネットで調べてみると、いい感じの時期に、いい感じの値段で、ネパールボランティアのツアーがあったんです。ネパールのことは、あまり意識したことがなかったのですが、
「とにかく、行ってみよう!」
そんな気持ちで、ネパール行きを決意しました。

ーネパールに行かれてみて、いかがでしたか?

初めてのネパールには、夜10時頃に到着。レンガ造りのトリプトファン空港は、正直に言うと、ボロボロな印象でしたね。私が知っているいわゆる“空港”とは違っていました。
そして、初めて聞くネパールの人たちの英語は癖が強く、英語もまともに話せなかった私には、現地語にしか聞こえませんでした。

待合室には、白くシワの入った顔が無数に並び、みんながみんな目を凝らして誰かの帰りを待っていて、暗がりで見るその光景は、少し不気味に感じられました。その景色は死んでも忘れないくらい、衝撃的に私の中に残っています。

どこかで途上国を幻想のなかで描いていたのでしょうね。
突然、現実を突きつけられた感じでした。

ここから、わたしのネパール支援が始まり、それがこんなにも人生を大きく変えることになるとは、気づきませんでした。

ー三浦さん、なかなか体験できないストーリーをありがとうございました!
次回は、三浦さんが具体的に始めたネパールでの活動のご様子をお届けしたいと思います。


この記事を書いた人

MiuraYoshie
MiuraYoshie
東京農業大学 国際農業開発学科を卒業後、「ネパールに笑顔を届けようプロジェクト」代表就任。ネパールへの物資支援の他、ネパールの学生を日本に招待するためのスタディーツアーを開催。
会社勤めとNGO活動を両立しながら、世界の果てに笑顔を届けるために奮闘中。
ABOUT ME
MiuraYoshie
MiuraYoshie
東京農業大学 国際農業開発学科を卒業後、「ネパールに笑顔を届けようプロジェクト」代表就任。ネパールへの物資支援の他、ネパールの学生を日本に招待するためのスタディーツアーを開催。 会社勤めとNGO活動を両立しながら、世界の果てに笑顔を届けるために奮闘中。