バングラデシュで苦悩し、譲れない価値観と決意に 辿り着いた京大生(2/3)

途上国支援の現場を体験しようと単身バングラデシュへのインターンを始めた石井さん。現実を目の当たりにし、本当に自分がやりたいことは、何なのかと悩む日々が続く。手探りで、自分と向き合い続けていく中で少しづつ見えてきた自分の本当の思いとは。

1回目の記事:バングラデシュで苦悩し、譲れない価値観と決意に辿り着いた京大生(1/3)

自分を騙すためについた嘘

バングラデシュに来る前から、実は薄々気付いていた。都市インフラの整備は、その都市、ひいては国全体が経済的に発展するための基盤を作るが、経済的・社会的弱者はその発展から取り残され、その恩恵を直接的かつ即座に受け取ることはない。

そうなるまで果たしてどれだけの月日が必要だろうか。2、3年などという短い時間ではない。どんなに短くても十数年、大抵の場合は数十年であろう。ましてやアフリカの国々のように国際社会が援助・開発に本腰を入れて半世紀が経ち、その中で都市インフラが次々に整備されている国ですら貧困削減はまだまだ終わって終らず、依然その道のりは遠い。

したがって、チッタゴン市において同様に都市インフラを整備したとしても、待てど暮らせど貧困層の生活が一向に改善されないということが十二分に起こりうるのは目に見えていた。そうこうしているうちに、世代をまたいだ貧困の連鎖が続いていくのだ。

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新マンション建設(写真右奥)に伴う道路整備予定地の土の上で、タイヤのおもちゃで遊ぶナイロビのスラムの子供。

こうしたことを考えていながら、私は自分に嘘をついていた。インフラ整備以外のアプローチによる貧困削減には興味がないと。また、目の前にいる彼らの「いつか」ではなく「今」を良いものにすることには興味がないと。ケニアやインドネシア、フィリピンの都市部などで現実を目にすればするほど、雇用や食糧、教育、衛生など同時に解決すべき他の課題の重要性も感じ、何かしたいとは思うものの特に何もしてこなかった。

何かし出すことで責任が生じ、投げ出せなくなるのが単に怖かったからだ。そして、何よりも問題を直視して解決しようと自分が専門性を待たない分野でもがいたところで、何も現実は変わらず結局無力さを痛感させられるだけに終わるのが怖かったからだ。そうして、「いつか」専門性を身に着けて、彼らの生活が「いつか」良くなるためのインフラ整備をするのがしたいことで、今はその専門性を磨くことだけがしたいのだと自分自身を騙し続けていた。

しかし、この嘘にも次第に耐えられなくなっていく。毎日幾度となく目にするストリートチルドレンの存在がそうさせたのだった。

自分と「彼ら」を隔てる「見えない壁」

実は私が途上国の貧困削減に強い関心を持ち始めたきっかけも、大学1年の終わりにマニラで出会ったストリートチルドレンであった。それまでも、知識ではそういった子供たちがいることは知っていたが全く興味はなかった。自分が興味を持ったところで、何も変わらないし、むしろ悲しい現実に気付いて自分が不幸になるだけだと思ったからだ。

ただ、目の前で彼らと目が合った瞬間、はっとさせられた。その子供たちも自分と同じ1人の人間だと痛感したからだった。彼らにも自分と同じように食べたいものがあって、将来の夢もあるはずだ。

しかし、日本のような先進国で何不自由なく日々を過ごし、食べたいときに食べたいものを食べ、どんな夢も努力次第で叶えられると思ってずっと生きてきた自分との間には、「見えない壁」があるように思えた。生まれた環境でこうも人生が異なるのかとがく然とし、世界の不条理とそれが当たり前のように存在する日常に強い失望と違和感を覚えた。そして、同時にこの感情を決して忘れないと胸に刻み、この「見えない壁」を打ち壊すために自分は土木工学を学ぶのだと誓ったのだった。

「いつか」と目の前の「今」

もちろん、私はバングラデシュの地でも、あのときの感覚を忘れてはいなかった。しかし、自らの無力さを突き付けられるのが怖くて、何もできていなかった。ところが、そうし続けるのにも限界は近かった。1日何回もストリートチルドレンや、彼らだけでなく大人や老人にも自分の生活圏内の至るところで物乞いされていた。

その度に慣れるどころか、素通りする自分に後ろめたさを感じ、その強さも増していった。こうした人々の生活を少しでもよくしたくて勉強してきたはずなのに、今の自分には何もできていないことに嫌でも気付かされ、自分のしていることや学んできたこと、自分の存在すら無意味に思え始めた。

「いつか」のより良い生活を実現するインフラ整備か、「今」の彼らの生活を少しでも良くする草の根での貧困層支援か、どちらが自分のしたいことなのか分からなくなっていた。そして、CDAという都市開発機関でインターンをしながら、「本当にこれでいいのか、本当にこれがしたかったことで将来もしたいことなのか、本当にこれが自分の生きたい人生なのか」という出口の見えない自問自答を繰り返していた。

そしてあるとき、こう思うようになった。自分が今、何も行動しなければ今後も一生、目の前にいる貧困層に対して自らが抱く感情に気付きながら、自分をだまし、行動を起こさない、いや起こせないまま終わるだろうと。今、自分は人生の岐路にいるのだと。リスクを取らないことそのものがより大きなリスクであると。そして、「今」、行動に移すことを決めた。

夜遅くまで物乞いをしているストリートチルドレン。帰る家が無く、路上で夜を明かす子供たちもいる。

夜遅くまで物乞いをしているストリートチルドレン。帰る家が無く、路上で夜を明かす子供たちもいる。

ところが、現実はやはり甘くなかった――。

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ISHII Tatsunori
ISHII Tatsunori
考えるのと喋るのが好きな理系京大生。総合商社内定者。社会問題解決に強い関心があり、就職後も活動を仕事内外で継続予定。変わっているとよく言われるが、褒め言葉だと思っている。気分屋。

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