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 こんにちは、Lenaです。現在、Fallセメスターのテスト期間中で、私は残すところプレゼン1つとなって、比較的落ち着いています。これが終わったら一時帰国!だったらよかったのですが、1年しかアメリカにいないということで、向こう1ヶ月ほど、ニューヨークに滞在することを決めています。

 この度は、Fallセメスターも終わり、また、師走(しわす、12月という意味)ということで、この大学に来てから、物凄く酷かったホームシック、またそれの解決方法をお話したいと思います。

ここへ来てぶつかる、言語の壁

 私は、4年制大学へ通い出す前は、3ヶ月間テネシー州にある大学付属の語学学校へ通っていました。その為、アメリカ自体にはある程度慣れていて、カルチャーショックなんて、私とは無縁だ!と舐めてかかっていました。それが甘かったです。

留学生向けオリエンテーションは、西海岸から東海岸へ移動したため、時差ぼけが酷く、新入生向けのオリエンテーションは入学手続きをどうしたら良いのか分からずに、Transfer(編入生)として行っていたせいもあり、編入生向けのプログラムを受けました。

間違えていたという所にショックを受けると共に、

周りの話している英語が語学学校とは違って早く、やや癖のある東海岸訛り…

オリエンテーション中は時差ぼけもあり、体調が悪く、周りの言っていることに耳を傾けることに精一杯で、せっかくのハドソン川クルージングも満足に楽しむことはできませんでした。

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ハドソン川でのクルージング。1番右がLenaです。

ルームシェアという居心地の悪さ

 語学学校時代に同期の日本人留学生と寮のタブルルームに住んでいたので、今回も大きな問題もなく行くだろうと思っていましたが、大きな間違いでした。

現在の部屋はシングルルームに2段ベッドを無理やり押し込んだ狭くて苦しいお部屋。新入生の正式な入居日になって来た彼女は何も持っておらず、彼女となら大丈夫だろうと一瞬安心しましたが、数時間後、彼女のお母さんが来て、大量の物が運び込まれました。

それでも意外とどうにかなるもので、部屋には入りきっていますが、それにしても、自分の物が少ないというのは居心地のいいものではありません。自分の部屋なのに、自分の部屋ではないような、そんな不安に苛まれていました。

選択を間違えた時間割

 プロフィールにも書いてある通り、日本の大学では違いますが、私はこちらの大学でコミュニケーションを専攻しています。ですので、当然、授業の割合も、コミュニケーションの授業を多く取っています。その中で私が履修すると決めたのは、Public Speakingのクラス。

主にこの授業では、コミュニケーションとはどのように構成されているのかや、プレゼンテーションのスキルを学びました。この授業、はじめはとても辛かったです。なんせ、ネイティブばかりの中で喋るクラスですから。はじめの1ヶ月は、余りにも思い通りにいかないので、この授業が終わるたびに号泣していました。

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public speakingを受講していた教室。

 

 号泣するたびに、「授業についていけない」「授業でやっていることがわからない」「みんなは簡単って言うけど、全然簡単じゃない」「もう日本に帰りたい、日本ならこんなことないのに」と度々繰り返していました。

言っている間も自覚はありましたが、今までに経験したことのない程のホームシックでした。

ホームシックの原因と私の解決法、そして気付くこと

 私はニュージャージーに移ってから、初めてホームシックというものを経験しました。ホームシックにかかる要因は人それぞれだと思いますが、私の場合はこんな要因だったと思います。

・既出の時差ぼけのための体調の悪さ

・英語のスピードの速さ

・語学学校に比べて日本人留学生が少ないこと

・教授達との相性…

・食堂のご飯が余りにも美味しくないということ(あれは餌です、ご飯ではありません)

ホームシックになった時、私は、とにかく、両親や、本音を話せる友人や、留学仲間、頼りになる先輩、こちらの教授や、こちらの留学担当の職員さんにも泣きながら電話したり、話を聞いてもらったりしました。

みんな、「大丈夫だよ、時間が必要なだけ」、「あなたなら絶対大丈夫だよ」と言ってくれる中、私の友人は、「なんでスピーキングの授業なんてとったの?私なら絶対無理だわ、ただでさえ人前で喋るの苦手なのに」と言ってきました。

確かにそうだ、と頷くしかありませんでした。慣れなくて、泣いて、落ち込んで、当然で、私が不出来だからじゃなくて、人前で話すことなん、みんな苦手で、不安になることなんだと気付かされました。更に私は留学生です、不安なんて周りの2倍も3倍もあって当然じゃない。別の先輩は私に、明確な目標を気付かせてくれました。

私の目標は英語力を高めてネイティブみたいになって帰ることじゃなくて、単位を落とさないこと

そのことに気付いてから、全てを完璧にこなさなくてもいい、

ただ、この授業から得られるものがあればいい、

そして、単位を死守できればいい、と。

そう考えられるようになってから、徐々に緊張が解けて、周りのクラスメイトとも自然と話せるようになりました。

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カフェテリアで唯一好きなパンケーキ。

 

 ホームシックは孤独で、なにか物事が上手くいかないから生じるものなのです。だから、少しずつ物事が上手く向かうように少し自分の気持ちを押してあげ、頑張らなくていい時は思い切りリラックスすることが大切。あとは、時間が全て解決してくれます。ゆっくり慣れていきましょう。

   ホームシックに陥って、いろいろな人に、本当にいろいろな人に連絡をしたり、連絡を頂いたりしました。そんな中、私はいろいろな人の優しさや温かさを改めて実感して、ひとりひとりに、この人に出会えて本当に良かったと思えました。

アメリカに来て、こんなにも人との繋がりを強く意識させられるとは全くの予想外です。この1年は、たくさんの友人に、先輩に、先生に、助けられた1年でした。いつもありがとうございます。

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ハドソン川から見えた自由の女神

 

 皆様、素敵なクリスマス、新年をお迎えください。

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この記事を書いた人

Lena
Lena
アメリカ テネシー州の語学学校に3ヶ月通った後、ニュージャージー州の大学へ留学中。専攻はCommunication。
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http://worlli.com/wp-content/uploads/2015/12/worlli0401.jpghttp://worlli.com/wp-content/uploads/2015/12/worlli0401-150x150.jpgLenaアメリカ海外生活海外留学 こんにちは、Lenaです。現在、Fallセメスターのテスト期間中で、私は残すところプレゼン1つとなって、比較的落ち着いています。これが終わったら一時帰国!だったらよかったのですが、1年しかアメリカにいないということで、向こう1ヶ月ほど、ニューヨークに滞在することを決めています。  この度は、Fallセメスターも終わり、また、師走(しわす、12月という意味)ということで、この大学に来てから、物凄く酷かったホームシック、またそれの解決方法をお話したいと思います。 ここへ来てぶつかる、言語の壁  私は、4年制大学へ通い出す前は、3ヶ月間テネシー州にある大学付属の語学学校へ通っていました。その為、アメリカ自体にはある程度慣れていて、カルチャーショックなんて、私とは無縁だ!と舐めてかかっていました。それが甘かったです。 留学生向けオリエンテーションは、西海岸から東海岸へ移動したため、時差ぼけが酷く、新入生向けのオリエンテーションは入学手続きをどうしたら良いのか分からずに、Transfer(編入生)として行っていたせいもあり、編入生向けのプログラムを受けました。 間違えていたという所にショックを受けると共に、 周りの話している英語が語学学校とは違って早く、やや癖のある東海岸訛り… オリエンテーション中は時差ぼけもあり、体調が悪く、周りの言っていることに耳を傾けることに精一杯で、せっかくのハドソン川クルージングも満足に楽しむことはできませんでした。 ルームシェアという居心地の悪さ  語学学校時代に同期の日本人留学生と寮のタブルルームに住んでいたので、今回も大きな問題もなく行くだろうと思っていましたが、大きな間違いでした。 現在の部屋はシングルルームに2段ベッドを無理やり押し込んだ狭くて苦しいお部屋。新入生の正式な入居日になって来た彼女は何も持っておらず、彼女となら大丈夫だろうと一瞬安心しましたが、数時間後、彼女のお母さんが来て、大量の物が運び込まれました。 それでも意外とどうにかなるもので、部屋には入りきっていますが、それにしても、自分の物が少ないというのは居心地のいいものではありません。自分の部屋なのに、自分の部屋ではないような、そんな不安に苛まれていました。 選択を間違えた時間割  プロフィールにも書いてある通り、日本の大学では違いますが、私はこちらの大学でコミュニケーションを専攻しています。ですので、当然、授業の割合も、コミュニケーションの授業を多く取っています。その中で私が履修すると決めたのは、Public Speakingのクラス。 主にこの授業では、コミュニケーションとはどのように構成されているのかや、プレゼンテーションのスキルを学びました。この授業、はじめはとても辛かったです。なんせ、ネイティブばかりの中で喋るクラスですから。はじめの1ヶ月は、余りにも思い通りにいかないので、この授業が終わるたびに号泣していました。    号泣するたびに、「授業についていけない」「授業でやっていることがわからない」「みんなは簡単って言うけど、全然簡単じゃない」「もう日本に帰りたい、日本ならこんなことないのに」と度々繰り返していました。 言っている間も自覚はありましたが、今までに経験したことのない程のホームシックでした。 ホームシックの原因と私の解決法、そして気付くこと  私はニュージャージーに移ってから、初めてホームシックというものを経験しました。ホームシックにかかる要因は人それぞれだと思いますが、私の場合はこんな要因だったと思います。 ・既出の時差ぼけのための体調の悪さ ・英語のスピードの速さ ・語学学校に比べて日本人留学生が少ないこと ・教授達との相性… ・食堂のご飯が余りにも美味しくないということ(あれは餌です、ご飯ではありません) ホームシックになった時、私は、とにかく、両親や、本音を話せる友人や、留学仲間、頼りになる先輩、こちらの教授や、こちらの留学担当の職員さんにも泣きながら電話したり、話を聞いてもらったりしました。 みんな、「大丈夫だよ、時間が必要なだけ」、「あなたなら絶対大丈夫だよ」と言ってくれる中、私の友人は、「なんでスピーキングの授業なんてとったの?私なら絶対無理だわ、ただでさえ人前で喋るの苦手なのに」と言ってきました。 確かにそうだ、と頷くしかありませんでした。慣れなくて、泣いて、落ち込んで、当然で、私が不出来だからじゃなくて、人前で話すことなん、みんな苦手で、不安になることなんだと気付かされました。更に私は留学生です、不安なんて周りの2倍も3倍もあって当然じゃない。別の先輩は私に、明確な目標を気付かせてくれました。 私の目標は英語力を高めてネイティブみたいになって帰ることじゃなくて、単位を落とさないこと。 そのことに気付いてから、全てを完璧にこなさなくてもいい、 ただ、この授業から得られるものがあればいい、 そして、単位を死守できればいい、と。 そう考えられるようになってから、徐々に緊張が解けて、周りのクラスメイトとも自然と話せるようになりました。    ホームシックは孤独で、なにか物事が上手くいかないから生じるものなのです。だから、少しずつ物事が上手く向かうように少し自分の気持ちを押してあげ、頑張らなくていい時は思い切りリラックスすることが大切。あとは、時間が全て解決してくれます。ゆっくり慣れていきましょう。    ホームシックに陥って、いろいろな人に、本当にいろいろな人に連絡をしたり、連絡を頂いたりしました。そんな中、私はいろいろな人の優しさや温かさを改めて実感して、ひとりひとりに、この人に出会えて本当に良かったと思えました。 アメリカに来て、こんなにも人との繋がりを強く意識させられるとは全くの予想外です。この1年は、たくさんの友人に、先輩に、先生に、助けられた1年でした。いつもありがとうございます。    皆様、素敵なクリスマス、新年をお迎えください。 【関連記事】 ・グローバルスタンダード、海外での友達の作り方と節約術 ・ドミニカの貧富の格差やスラムの現実が問うもの… ・アフリカ留学で気づく!「貧困=可哀想」だけではないということ。 ・フィリピンでコーヒー栽培?アジアコーヒー市場の可能性とは ・震災間もないネパールにて、今必要とされている事とは?Just another WordPress site