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今回は、NPO法人国際学校建設支援協会(Issc)現代表理事を務める石原ゆり奈さんにインタビューをさせていただきました。石原さんは、2014年第28回人間力大賞では文部科学大臣奨励賞も受賞されるほど、これまで国際支援分野において多くの活動をされています。今回は、石原さんから直接Isscでの活動内容や活動に対する強い思いを熱く語っていただきました。

いしはらゆりな様

(雨が降り子どもたちとちょっと休憩、中央が石原さん)

石原ゆり奈(いしはら ゆりな):NPO法人国際学校建設支援協会(Issc)代表理事。福岡県出身。上智大学社会学科卒後、Issc代表理事に就任。2014年第28回人間力大賞で文部科学大臣奨励賞、東京商工会議所奨励賞受賞。ネパール、ラオスを中心に学校建設、教育支援、女性と障がい児の支援を行う。

 

福祉分野から国際支援にたどり着きました

 

―学生時代はどのように過ごしていましたか?また、現在の活動はどのような経緯で始めたのですか?

小中高はキリスト教系の学校だったこともありボランティアに関わることは多く、障がい者施設や老人ホームに行ったりもしていました。福祉関係には興味があったので福祉系の大学に行くか普通の4大に行くか迷ったのですが、まだ福祉の道に決めきれず、上智大学で社会学を学ぶことにしました。

大学時代は日本国内で子どもの預かり施設を作りたいと思っていました。しかし、その分野で大学生にできることが、ほとんどありませんでした。ただ、国際支援の場なら経験がそこまでなくても体力さえあればできることが結構たくさんあるんですよね。そんな時に、ネパールで学校建設の活動をしている先生に出会いました。

友人が活動を手伝っていたので私も少しやってみようかなと思ったのがネパールに関わり始めた最初のきっかけです。大学卒業後、私が団体の責任を持つことになり最初は他の仕事もしていたのですが6年前からISSCに絞って働いています。また、同じタイミングで日本の大学生の受け入れも始めるためにNPOの法人化もしました。

 

いしはらゆりな様2

(現地の子供達と一緒に。写真一番左側が石原さん)

 

現場に寄り添うNPO法人国際学校建設支援協会(ISSC)の活動

―ISSCでは現在、どのような活動をされていますか?

ネパールとラオスで学校建設、奨学金支援、教育物資支援をメインに行っています。ネパールでは障がい者支援として盲学校の建設や奨学金支援と、今回の地震を受けて女性保護のためのシェルターの新設も始めました。

今までにラオスとネパールで15校程学校を建てました。いろんな村を回って地域のニーズを聞きながら公立学校の補修や増築をしています。リクエストはたくさん来るのですが2つのポイントで村を決めています。

  1. どれだけ村の人たちが頑張ってくれて先生たち、行政の協力体制を作れるか。
  2. 親が子どもたちを学校に行かせると約束してくれるか

どんどん村人に協力してもらって村の人たちが自分たちの学校だと思わないと長続きしないので、村の選び方は結構難しいです。

教育支援をメインで活動してきましたが、長くネパールに通っているとどうしても社会的弱者と言われる人たちが浮き彫りにされます。女性のサポートや障害児の支援は行政では間に合わないので国際支援で繋いでいかないと、今そこに生きている人たちを助けられないので私たちにできることは関わるようにしています。

―女性保護のためにはどのような活動をされていますか?

4月の地震以降、女性の人身売買問題が多く発生しているのでFor Girl’s Happinessという活動を始めました。現地NGOシャクティサムハと連携しながら人身売買で売春に従事させられた女性たちや被害にあう危険性のある女性たちのシェルターを建設しようとしています。

シェルターでは職業訓練のためにアクセサリー作りや料理、ミシン、パソコンを教え、勉強ができる子は学校にも通えます。いつかシェルターを出ていくときには社会の中で自立できるようにしてあげたいです。

シャクティサムハのシェルターには13歳の女の子がいます。13歳でここにいることを最初は理解できませんでした。売られた先では人間扱いされません。彼女は何も悪くないのに、本当にこういうことが世界では起きているんです。

 

―障害者の支援ではどのような活動をされていますか?

障がい者支援に関してネパールでは盲学校の建設と奨学金支援をしています。聾唖学校は数もそれなりにあるのですが盲目よりも障がいの度合いが上がると学校数が一気に減って、自力では学校に通えないため、ドミトリーが併設されていることが多いです。

建設中の学校は住居の境目がなく、寝室と教室が一緒でした。目が見えない子たちにとって生活スペースがすべて一緒なのは不衛生だし、これから先の本人たちの生活を考えてもよくないので、住居と学校を分けるために二階を増設しています。障がい者支援は「障がい」というものが理解されていないのでとても難しいです。

 

―ちなみに、大きな団体さんとはどのような部分が違うのでしょうか?

どの分野の活動に関してもそうですが、大きい組織は橋を建てたり10年、20年先を見据えながら活動をされて多くの人を支える支援をされます。でも大きな団体が支援地を決めたさきに必ずこぼれてくる受益者がいるんです

。学校も村も小さい、僻地過ぎて誰もいかない村が必ず出てくるのでそこを私たちが支えていきたいです。全部のことは絶対できないし、お互いそういう役割分担で活動しています。

 

いしはらゆりな様3

(配ったおなべを持ち帰る現地の子供達)

 

アクションを起こせる若者を育てたい

―ISSCでは学生の受け入れ(インターン)を積極的にされていると聞きましたが、どのような学生達がよく来られますか?

学生団体の受け入れをしています。1年から1年半で学校1校建てられるように国内での資金集めや現地での生活もしてもらいます。

もともとは学生さんたちから国際支援に関わりたいと問い合わせがあり、私も国内で何かやりたかったのでこの子たちを大学在学中にできるだけ経験を持たせて、良い大人にして社会に還元すれば人材育成として日本の役に立てるかなと思い学生の受け入れを始めました。

最初は礼儀だったり気になる子もいますがみんないい子で、優しい心を持っています。でも圧倒的に経験値が足りないんです。それは私たち大人が先回りして無駄の様に見える経験をさせてこなかった結果なんだと思います。街頭募金で応援されたり、怒られたり、現地の生活をして不便な中で工夫してみたりする全てが経験なんですよね。

いつかはそういう子たちが身近にいる困ってる人や地域の問題に気づいて自分でアクションを起こしてくれたら人材育成としてはクリアかなと思います。

 

いしはらゆりな様4

(ネパールへ訪れた日本の大学生とと共に)

 

それでも目の前にある今できることをする

―石原さんの活動に対する強い意志はどこから来ているのですか?

小さい頃は幸せかどうかはものの見方だと思っていました。きっと日本は裕福だから同じことが起こっても幸せと感じる人もいるし幸せと感じない人もいるんだと。でも国際支援に関わる中で貧困を目の前にして人間の本性を知りました。人間はもっと高尚な生き物だと思っていたしそう思いたかったんです。

でもそうじゃないことを理解するまでの苦しみは表現できません。なんで?なんで人を売るの?なんで女の子を買うの?なんで?なんで?でもそう思っていてもアクションを起こさなければ何もできません。

それを理解した上で、何をすべきかを考えなくてはならないんだなと思った瞬間に何か一本線が通りました。まずは、自分自身が今できることを選んでいけばそれがいつか実になる時が必ず来るんだと。

それを大きい流れの中で見るとわずかなことなのですが、その一歩こそが現地の人々に施せる最優先事項だと理解した瞬間があり、それから気持ちが楽になりました。悲しみや憎しみといった人間の弱さを理解したうえで活動しないと長続きしないと思います。

いしはらゆりな様5

(ネパールの孤児院で子供達と)

 

―聞いてるだけで胸が熱くなってきました!最後に今後の展望をお聞かせいただけますか?

学生団体は3年生で引退して就職活動が始まると学校建設には関われなくなり、インターンの学生達はそれまでの活動を通じて養った力もその後活動の場がなくなってしまいます。

そこで学生団体の多い関西で学生や就職した人たちで学生部隊を作ろうと考えています。女性問題や人身売買について啓蒙活動をしながら、若者たちに自分たちが恵まれた環境に生きている一方で、同じ世代の子たちが苦しい環境にいることに対して何ができるのかを考えてもらいたいです。

それぞれが自分にできることを持ち寄れば、その中で素晴らしいプロジェクトができていくと思います。

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この記事を書いた人

MiuraYoshie
MiuraYoshie
東京農業大学在学中。現在、学生団体にてネパール支援を行っている。
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