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池田 吉孝(イケダ ヨシタカ)

群馬県生まれ。3兄弟の長男として生まれる。中高時代は海外で過ごし、立教大学 経済学部を卒業する。大学時代に休学をし、アメリカ語学留学へ行くが全く英語が伸びないという挫折を味わう。 その後、友人の紹介でフィリピン留学へ行き、英語が話せるようになり 1 人で東南アジア一周を経験する。2014 年に国内外 (ドミニカ共和国と日本)2 社のベンチャーの立上げに参画し、現在は WiLLl 株式会社にて新規事業の立ち上げ及び留学・海外就職のアドバイザ ーも行う。

2015年より世界をグッと身近に感じるメディア[worlli]編集長も兼任。

 

学生時代のあるキッカケが目覚めさせた社会起業家への想い

私は、大学に入学した頃から起業をしたいなと思っていました。ただ具体的にどんな会社をやりたいとかは決まっていなかったのですが、海外で国際協力に貢献できるビジネスをしたいと思うようになったキッカケがありました。

それが、情熱大陸で見たバングラディシュで鞄を作っている「マザーハウス」という会社をやっている山口代表の動画でした。その方はビジネスというフレームワークを通して途上国の貧困解決を目指される社会起業家の方でした。こちらがその動画です。

それを見たとき、「自分もビジネスを通じて社会を良くできる事をしたい!」と強く思い始めました。始めは、国内で情報を集めておりましたが、途上国で何かをしたいのなら途上国へ行かないと何も分からないと感じ、大学を休学しフィリピン(バギオ)留学を経て東南アジアでバックパッカーをしました。

途上国を実際に自分で経験してみて「海外と日本の架け橋になりたい」と改めて実感したと同時に、それを実現するための準備が必要だなというのも痛感しました。

 

モンゴルのスラム街での原体験

私が初めて途上国に興味を持つようになったきっかけは、中学生の時に参加をした学校主催のサマースクールでした。その企画はモンゴルのスラム街にホームステイをするというものでした。実際に現地に行ってみると、都心ではビルが立ち並び、ある程度の生活水準は保たれていましたが、スラム街などの貧困地域での生活水準は衝撃的でした。

そのような地域では、例えば電気もガスも通っていないのでロウソクを自ら灯し、もちろん 冷蔵庫や家電製品もなかったので食料などもそこらへんに散らばっているという状態です。 そういう日本とは全く異なった環境を目の当たりにして「何でこんなに世の中は不平等なのか」という強い気持ちが芽生えました。現地の人々は幸せそうにみえるけど「彼らにはも っと恵まれた生活水準が与えられるべきなのではないか」と。

この体験を起点として、その「不平等さ」を何かしらの形で埋めたいという風に考えるよう になりました。それが結局、大学生の時に見たマザーハウスのように、私は「ビジネスというフレームワークを通して不平等を解決できる事をやっていきたい」という想いに行き着きました。これからは、特に将来性がある「若者」を対象として、事業をやっていきたいと考えています。

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http://worlli.com/wp-content/uploads/2018/10/ikedayoshi-400x400.jpghttp://worlli.com/wp-content/uploads/2018/10/ikedayoshi-120x120.jpgworlli編集部ライターブログ池田 吉孝(イケダ ヨシタカ) 群馬県生まれ。3兄弟の長男として生まれる。中高時代は海外で過ごし、立教大学 経済学部を卒業する。大学時代に休学をし、アメリカ語学留学へ行くが全く英語が伸びないという挫折を味わう。 その後、友人の紹介でフィリピン留学へ行き、英語が話せるようになり 1 人で東南アジア一周を経験する。2014 年に国内外 (ドミニカ共和国と日本)2 社のベンチャーの立上げに参画し、現在は WiLLl 株式会社にて新規事業の立ち上げ及び留学・海外就職のアドバイザ ーも行う。 2015年より世界をグッと身近に感じるメディア編集長も兼任。   学生時代のあるキッカケが目覚めさせた社会起業家への想い 私は、大学に入学した頃から起業をしたいなと思っていました。ただ具体的にどんな会社をやりたいとかは決まっていなかったのですが、海外で国際協力に貢献できるビジネスをしたいと思うようになったキッカケがありました。 それが、情熱大陸で見たバングラディシュで鞄を作っている「マザーハウス」という会社をやっている山口代表の動画でした。その方はビジネスというフレームワークを通して途上国の貧困解決を目指される社会起業家の方でした。こちらがその動画です。 それを見たとき、「自分もビジネスを通じて社会を良くできる事をしたい!」と強く思い始めました。始めは、国内で情報を集めておりましたが、途上国で何かをしたいのなら途上国へ行かないと何も分からないと感じ、大学を休学しフィリピン(バギオ)留学を経て東南アジアでバックパッカーをしました。 途上国を実際に自分で経験してみて「海外と日本の架け橋になりたい」と改めて実感したと同時に、それを実現するための準備が必要だなというのも痛感しました。   モンゴルのスラム街での原体験 私が初めて途上国に興味を持つようになったきっかけは、中学生の時に参加をした学校主催のサマースクールでした。その企画はモンゴルのスラム街にホームステイをするというものでした。実際に現地に行ってみると、都心ではビルが立ち並び、ある程度の生活水準は保たれていましたが、スラム街などの貧困地域での生活水準は衝撃的でした。 そのような地域では、例えば電気もガスも通っていないのでロウソクを自ら灯し、もちろん 冷蔵庫や家電製品もなかったので食料などもそこらへんに散らばっているという状態です。 そういう日本とは全く異なった環境を目の当たりにして「何でこんなに世の中は不平等なのか」という強い気持ちが芽生えました。現地の人々は幸せそうにみえるけど「彼らにはも っと恵まれた生活水準が与えられるべきなのではないか」と。 この体験を起点として、その「不平等さ」を何かしらの形で埋めたいという風に考えるよう になりました。それが結局、大学生の時に見たマザーハウスのように、私は「ビジネスというフレームワークを通して不平等を解決できる事をやっていきたい」という想いに行き着きました。これからは、特に将来性がある「若者」を対象として、事業をやっていきたいと考えています。Just another WordPress site